前編では企業サイト担当者の意識の変化、汎用ドメインの普及、ブロードバンドメディアの発展など主に企業側の視点から企業サイトの位置づけや構造が変革の時期に差し掛かっていることを述べた。後編では消費者側の視点を踏まえて今後の企業サイトに情緒的な側面が必要とされている理由と、その要素を考えていきたいと思う。今なぜ情緒的な感動を与えることを主目的にした企業サイトが求められているのか。またそこには一体何が必要なのか。
商用インターネットの本格的な普及から10年が過ぎた近年、インターネット社会に起きている大きな変化の一つとして、ブログの誕生と検索エンジンの高機能化があげられる。ブログの誕生により一般の消費者でも情報の発信が容易に可能となり、さらにそのトラックバック機能により生まれる横の繋がりはさまざまな意見の集約・形成を促進している。またGoogleやYahoo!、Microsoftらの大手企業による検索エンジンの多機能化はインターネット上に存在する無数の情報の収集をかつてないほど容易にしている。
またハイテク産業に限った話でいえば、技術の高度化・複合化が進み、商品購買の際の判断基準となる情報はますます複雑化している。端的な例で言えば、以前は携帯電話の競合といえばPHSであったが、今や携帯電話の競合はデジタルカメラであり、携帯オーディオプレイヤーである。現在は携帯電話の購買意思を決定する要素として画素数や音源の情報も考慮しなければならない。
つまり現在の社会では複雑化した情報が無数に世間に氾濫しているのである。消費者がある商品を購入しようとして情報を収集する場合、価格比較サイトの価格や個人ブログの感想、クチコミサイトの評価などの膨大なニュースソースから発信されるさまざまな情報を取捨選択しなければならない。当然それには深い洞察力と読解力が必要とされる。商品選定の作業は購入の楽しみの一つと考えることもできるが、これほど情報が複雑化してしまうと、もはやそれが一つのハードルになってしまっているように思える。消費者の多くは氾濫する情報に惑わされ購入の意思決定ができていないというのが現状であろう。また、あまりにも情報が氾濫しているため、もし購入まで到ったとしてもその購入判断が正しいかどうかは買った本人も言い切れない部分があるのではないかと思う。適切な情報の取捨選択と洞察・読解により正しい判断をしたと考えていても、消費者は皆心のどこかに「これを購入して本当によかったのか」という不安感を持っている感がある。
そこで今、改めて企業サイト (商品サイト) に求められているものを考えてみたい。企業サイトに訪れる消費者が求めているのはもちろん「商品情報」であるが、前述したように同じような情報はすでにインターネット上に溢れている。つまり必要とされているのは単なる「商品情報」ではなく、そこから一歩踏み込んだ情報、その商品を手に入れることによって自分の生活 (あるいは人生) がどのような影響を受けるか、どのように改善されるかという世界観やコンテクストである。ただ、その訴求にあたって「価格」や「機能」や「使い勝手」というような言葉であらわすことのできる情報を使ってしまえば、ほかの同じような情報の中に埋没してしまう危険性がある。そこで重要視されてくるのが「イメージ」や「雰囲気」というような言葉であらわすことのできない情報、人間の感情に訴えることのできる情報である。
購買意思の決定パターンには価格や機能などを判断し合理的な理性での判断だけでなく、イメージや雰囲気などを感覚的に理解し感情で決定する場合も存在している。以前の消費者研究においては前者の合理的な理性による判断が主たる研究対象であったが、現在はそのような合理的な理性のみに基づく意思決定はむしろ意思決定の中では例外視されている。マーケティングと消費者行動論で高名なハーバード大学経営大学院名誉教授のジェラルド・ザルトマンは「意思決定のプロセスにおいては、多様で複雑な合理性のシステムだけでなく、さまざまな感情のシステムも働いている。さらに重要なのは、両方が協力関係にあることである。理性と感情は正反対に位置するのではない。両者は時として反発し合うが、相互に依存するパートナーである (注)」と述べている。
この理論に基づけば、理性に訴えるだけの情報や、感情に訴えるだけの情報は購買意思の決定には不十分であり、両者の共存や相互作用を反映させることのできる情報発信が有効であると言うことになる。今までの企業サイトにおいては合理的な理性での判断を意識した情報が中心であったが、今後は感情に訴える情報が注目を集めてくるだろう。理性ではなく感情に対して世界観やコンテクストを効果的に訴求することができれば、判断に迷っている商品未購入者の購入意思決定要因となり、また購入後不安を感じている購入者の不安を解消して企業と消費者の関係性構築にも貢献することができるだろう。
では企業サイトでの情報を消費者の感情に訴求する際の最も核となるポイントとは何か。世界観やコンテクストを伝える際の基盤となるものは何か。それは商品や企業から発信される物語性であると考える。ただしそれは「この商品を使えばお客さまは○○を手に入れることができます」というような企業側から一方的な言葉で直接的に押し付ける物語ではなく、消費者の心の内側に浸透する間接的な物語でなければならない。商品が伝えるべき世界観やコンテクストは企業や商品自体が持っている要素というよりも、それに接触した消費者の記憶や経験と作用し、その結果消費者の心の中に発生し成長するものだからである。一方的な押し付けやストレートな表現ではほかの合理的な情報に埋没してしまうだろう。感情に響く情報はメタファーのように間接的なものでなければならない。
消費者の心の内側に入り込み、感情に響く言葉にできない物語は氾濫した情報の間をくぐりぬけ、判断に迷っている消費者に対して確かな道筋を与えることができる。どんな言葉で説明するよりも雄弁に企業や商品の価値を伝えることができる。具体的に2つの企業サイト (商品サイト) を取り上げてそれらの提供する物語を説明していきたい。
1. Tide coldwater
http://www.tide.com/tidecoldwater/challenge.jhtml
P&Gの主力製品である洗剤Tideのキャンペーンサイト。水でも汚れを落とすことができるTideを使うことによってエネルギーをセーブしようというクチコミ運動を奨励している。企業の社会的責任に注目が集まっている現在、社会性という物語はますます重要視されてくるであろう。
2. NIKON COOLPIX SQ
http://www.nikon.co.uk/sq/
NIKON製カメラのプロモーションサイト。内容は商品の機能紹介であるが、見せ方によっては感情に作用する物語を提供できるという例として取り上げた。とかく冗長になりがちな商品サイトであるが、ここでは必要とされる情報を絞り込み、操作感を視覚的に伝えることで世界観の訴求と消費者に「手にとって使ってみたい」と思わせることに成功している。
上記で取り上げた2つのサイトの主題となっているものは企業の社会性や商品の操作感などそれぞれ違うが、直接的な言葉ではなく、間接的なメタファーをシンプルに表現することにより消費者の感情に働きかけることができている。すでにいくつかの企業はこういった世界観やコンテクストを伝える物語性に着目し、それを意識したコンテンツを設けている。消費者に親近感を与えるブログでの口語体の情報発信や、デザイン性を訴えるリッチコンテンツやビジュアルデザインは上記以外にもさまざまな企業サイトでよく見受けられる。ただそれらは企業サイト全体の中では付加的なコンテンツにすぎず、深い階層や別サイトでの提供に留まっている。依然として企業サイトの中心となっているのは「価格」や「機能」などすでに溢れている情報の類であることは否めない。それらの情報がすでにほかのサイトで語り尽くされているのにも関わらず。
整然とカタログ化した企業サイトを否定するつもりはない。企業サイトを訪問する大半の消費者が望んでいるであろう「価格」や「機能」に関する情報をわかりやすく伝えるということは企業サイトにとって必要不可欠なことである。ただそこにイメージや雰囲気による世界観やコンテクストがないと、訪問する消費者の感情を動かし、購買活動へ結びつけることはできないのではないだろうか。
以前と比べれば多くの企業サイトは洗練されたものになっている。情報は見やすく整理され、訪問者にとっては非常にわかりやすいサイトとなっている。ただ、今後より具体的なビジネスへの貢献を考える際、定められたガイドラインに従い整然とカタログ化された商品情報を提供することが主目的の企業サイトから、同時にイメージや雰囲気により訪問者に情緒的な感動を与え、購買意思決定のきっかけを与えることを主目的にした企業サイトへの変容が求められているのではないだろうか。