デジマ in USA 番外編:Integrated Marketing Communication概論(1)
こんにちは。金澤です。
やはり日本は最高です。これまで、10カ国20都市ぐらい訪れましたが、これほどまでに交通インフラと食べ物が充実していて、夜中でもウロウロ出来る国を僕は他に知りません。快適すぎて骨抜きになりそうです。
さて、去る2017年8月31日に久々にネットイヤーグループ主催のセミナーで講演させていただき、ありがたいことに満員御礼となりました。この場を借りて、改めましてお越しいただいた皆様に感謝申し上げます。同セミナーにご参加いただいた皆様への追加情報と、残念ながら抽選に漏れてしまった皆様へのフォローアップを込めて、本シリーズの番外編として、私がニューヨークで受けた授業の一端をお届けしていこうかと思います。
まず、第1回目はそのまんま、Integrated Marketing とは何か?について。
1.Integrated Marketing の言葉の定義と始まり
正しくはIntegrated Marketing Communicationで、IMCなどと呼ばれたりします。この言葉自体、さほど新しいものではありません。英語版Wikipediaによると、1990年代にノースウェスタン大学のDon E.Schultz教授が提唱したのが始まりとされ、彼が教鞭をとった同大学のジャーナリズムおよびマーケティング専門大学院、Medill SchoolのIMCのプログラムが有名です。
現在は主に、アメリカ広告業協会(American Association of Advertising Agencies :AAAA)が定義している内容が広く認知されており、その原典として、サンディエゴ大学のGeorge E Belch教授の著書”Advertising & Promotion: An Integrated Marketing Communication Perspective “(初版2003年)の一説が使われています
“Integrated Marketing is an approach to creating a unified and seamless experience for consumers to interact with the brand/enterprise; it attempts to meld all aspects of marketing communication such as advertising, sales promotion, public relations, direct marketing, and social media, through their respective mix of tactics, methods, channels, media, and activities, so that all work together as a unified force. It is a process designed to ensure that all messaging and communications strategies are consistent across all channels and are centered on the customer.” — Belch, G. E., & Belch, M. A.(2004)
ただ、この本、めっちゃ高いのと分厚すぎるので、逆に教科書に指定されません(笑)。原文で1760ページ読んでみたい気合の入っている方は、参考までにこちらをどうぞ。
参考:Advertising & Promotion: An Integrated Marketing Communication Perspective(G.E.Belch, 2004)
「Integrated Marketingは単一かつシームレスな、ブランド/もしくは専門技術と顧客の体験を創り出すアプローチである。(言い換えるとIMCは)広告、セールスプロモーション、PR、ダイレクト・マーケティング、ソーシャル・メディアといった全てのマーケティング・コミュニケーションの様相を融合させ、それぞれのメディアを戦術やメソッド、チャネル、メディアや施策のミックスを通じて、一つの力に統合しようという試みである。また、それは、全てのメッセージングとコミュニケーション戦略がチャネル横断的に一貫性を持ち、顧客中心主義に立脚するようデザインされたプロセスである。」
で、この文面から読める、キーポイントはざっくり言うと以下のようになります
- 一貫したメッセージでコミュニケーションする
- 複数のマーケティング・アプローチを駆使する
- 顧客中心主義で考える
IMCは、インターネットの一般化以前に、多様化していく市場とマス一辺倒のコミュニケーションとのミスマッチを指摘しており、現在のデジタル・マーケティングにおいて提供されるサービスや戦略の考え方は、基本的にIMCのセオリーと一致しているわけです。
2.IMCという言葉の誤解
アメリカにおいて、IMCという言葉は様々なマーケティング部門の冠名に使われるぐらい浸透しはじめています。日本ではまだ少ないですが、コカ・コーラやIBM、P&Gといった巨大企業には、大抵IMC統括部門が存在し、IMC戦略という言葉も専門誌や業界ニュースの中ではポピュラーになっています。一方、日本においてのIMCの捉えられ方は、どうしてもメディアミックスと道義的になっている感じがします。
メディアミックスは、大まかに言うと、広告を打つ際に、複数のメディアを使って相互補完しながら、メッセージ力やリーチを最大化しようとする考え方です。つまり、広告を軸に据えた考え方です。
※日本のメディアミックスは、主にコンテンツサービスを他メディアに派生させて収益を最大化する事を指したりしますが、本来のメディアミックスは複数メディアで広告を打つことで効果を最大化させることです。
メディアミックス:wikipediaより
※日本におけるメディアミックスと言う言葉は、Wikipediaにある通り、主にコンテンツ商材が他メディアにスピンアウトしたりして利益を最大化する手法と理解されがちですが、アメリカではこれをMedia Franchise といって区別しています。
狭義に考えればIMCとメディアミックスは同じ意味合いになりますが、先述のようにIMCにおいての広告はOne of Them です。実際、私が通うNYU(ニューヨーク大学)の授業でも広告論などの授業は無く、キャンペーンデザインなどの授業の一部で取り上げられる程度です。つまり、広告はマーケティングにおける重要施策の一つではあるが、あくまで一要素でしかないわけで、ターゲットや戦略によっては(広告を使う)必要がない、と教えられます。
まとめると、IMCはメディアの使い方、ましてや広告の使い方を説くものではなく、「ターゲット顧客に一番マッチする複合メディア型のマーケティング・コミュニケーションを提供する」ことであって、広告活用の有無は問わない、と言えるでしょう。
3.IMCで求められる知識レンジ
参考までに、私の受けている授業の主なカリキュラムを下記に列記します。
– Integrated Marketing (IMC概論)
– Finance of Marketing Decision(マーケティング意思決定のファイナンス)
– Campaign Planning (主にブランドポジショニング)
– Campaign Management (主にメディア・アロケーション)
– Statistical Measurement and Analytics(統計測定・分析)
– Competitive Strategy(競争戦略)
– Digital Marketing
– C-Suite (リーダー論:CはChiefのこと。C◯Oになるための一揃えのリーダー論)
– Data Base Modeling (DBモデリング)
– Capstone (修士論文)
ここまでが必修で、この他にConcentrationという専科を4つとります。専科はBranding、Digital、Analyticsの3つ。僕は当初Brandingにしてたのですが、シラバスを見る限りほとんど読んだことがある本の内容と同じだったので、Analyticsに変更しました。AnalyticsではSASの使い方やCRMの戦略設計・分析なんかがあります。
ともあれ、ここでポイントになるのは、かなりオールレンジな知識が求められるということです。ただ、お分かりのようにかなり実践的な科目ばかりなので、これらの知識を習得する背景には基礎的な学問知識が必要でして、だから大学「院」の授業なわけです。特に事前に必修してる必要がある科目の定義はありませんが、経済学、心理学、会計学、数学あたりの基礎素養がないときついかもしれません。
4.ダイレクト・マーケティングからIMCへ
IMCで最も重要視されるのは、ターゲティングとメディアプランニングである、といっていいでしょう。NYUの授業プログラムでも、これらに必要な様々な知識と方法論にかなりの時間を割きます。これは、NYUに限らず、コロンビア大学でもノースウェスタン大学でも変わりません。(必修科目を見る限り)そして、その大前提には、「企業に利益をもたらす」というゴールがあります。
言うまでも無く、「誰」に「何を届ける」と「企業に利益をもたらす」のか、はマーケティングの基本軸と言っていいでしょう。で、IMCの考え方は何が違うのかというと、「誰」と「何」の間にある「届ける」道筋がものすごく多様である点です。
授業でもしょっちゅうDeliverという言葉が出てきますが、これは配送ではなくて、付加価値を届けるというニュアンスが入ります。それは実利的なものであったり、共感であったり様々です。そして、アメリカでは1,000万人規模の移民が毎年流入し、マイクロな需要に合わせたスタートアップが毎年ボコボコ出てきます。そんな中で、IMCの概念は、常に競争過多な状態で、対象市場が常に変化している現代において「全ての消費者に付加価値を届ける万能な単一方法は存在しない」という背景を前提としたマーケティング・アプローチと言えます。
先述のように、このコンセプトの起源は1990年代に遡りますが、もう少しルーツを遡るならば、ダイレクト・マーケティングの父と呼ばれるレスター・ワンダーマン御大のコンセプトに行き当たります。彼は、1961年、Hundred Million Clubでの講演で初めてダイレクト・マーケティングという概念を紹介しているのですが、そのコンセプトを冗長に語るのはその6年後の1967年、マサチューセッツ工科大学での講演での有名な一節によって説明されています。
“We are living in an age of re-personalization. People, product and services are all seeking an individual identity. Taste, desire, ambition and lifestyle have made shopping once again a form of personal expression. A computer can know and remember as much marketing detail about 200 million consumers as did the owner of a crossroads general store about his handful of customers. It can know and select such personal details as who prefers strong coffee, imported beans, new fashions, and bright colors. Who just bought a home, freezer, camera, automobile. Who had a new baby, is overweight, got married, owns a pet, likes romantic novels, serious reading, listens to Bach or the Beatles. New marketing forms which will link these facts to advertising and selling must evolve—where advertising and buying become a single action.”
「我々は再パーソナライズの時代に生きている。人々、商品そしてサービスは全て個人のアイデンティティによって求められている。味わい、欲求、野心、そしてライフスタイルが、個人表現としての購買を生み出してきた。コンピューターは、あたかも交差点にある雑貨店の店主が常連客を把握しているように、約2億人の消費者へマーケティングの詳細を知り、記憶することが出来る。つまり、消費者個人の詳細 —濃いコーヒーや輸入物のコーヒー豆を好んだり、新しいファッションや明るい色を好むような — を知り、(その嗜好性を)選択できるということだ。マイホームや冷蔵庫、カメラ、自動車を買った人。子を授かり、肥満に悩み、結婚し、ペットを飼い、ロマンティックな小説を好み、読書家で、バッハやビートルズを聴いているような人。こういった事実と広告や営業をリンクする新しいマーケティングの形、はこういったもの(多様な消費者属性の理解とうちての選択)を包含する必要がある。— それは、広告と購買が一つのアクションとして成立するような場である。」
MIT, November 29, 1967, “Direct Marketing: The New Selling Revolution”
参考:
Whether an audience of one or one hundred, Lester’s wisdom, intelligence, perceptiveness and style are best conveyed in his own words.
レスターの予言とこれからのマーケティング
僕が生まれる前に、このような予言をしていたレスター御大の超人的な先見性には感服するばかりですが、IMCが提唱する、顧客主義的なコンセプトは彼の影響を大きく受けていると考えられます。レスター御大が提唱した当時、ダイレクト・マーケティンはマス・マーケティングへのアンチテーゼ的なアプローチであり、その手法もダイレクト・メールやカタログショッピング程度でしかなく、コンピュータもパンチカード式であり、実用に耐えないあくまでマイナーな手法であったといえるでしょう。その後、先進国での消費が成熟し、マスプロダクトが売れなくなり、IT業界の躍進、インターネットという新技術が台頭しはじめた1990年代という背景が、彼の理想を現実的にしていきます。そして、彼のコンセプトとマス・メディアによる伝統的手法との融合を模索して産まれたコンセプトがIMCといえるでしょう。
ともあれ、繰り返しになりますが、
IMC: Integrated Marketing Communicationとは
- 一貫したメッセージでコミュニケーションする
- 複数のマーケティング・アプローチを駆使する
- 顧客中心主義で考える
という、様々な知識や方法論が組み合わさったマーケティングの考え方であり、手法です。
まとめてみると、「そんなん、あたりまえじゃん」という感じがしますが、現実には、いろいろな事情から実行が難しく、実現できていないのです。
そこには様々な理由がありますが、その話は次回以降で。

ストラテジック・フェロー 金澤 一央(記事一覧)
・I-COM Data Creativity Awards 審査員
・ニューヨーク大学大学院、School of Professional Study, M.S. Integrated Marketing在籍中
・主な講演・セミナー・寄稿等:日本経済新聞社、JADMA、インプレス、ビジネスブレークスルー大学など
ネットイヤーグループ、オンラインメディア測定に関する国際団体「I-COM」が主催する国際コンペティションの審査員に弊社金澤、コストフが就任(2015年4月17日)