デジマ in USA番外編:[まとめ] IMC、知覚価値、そしてブランド・ラダー
こんにちは、金澤です。
前回のブログではブランドの観点からバリュー・プロポジションのお話をしました。ここまでの流れで色々出てきたので、これらをIMC(インテグレーテッド・コミュニケーション・マーケティング)的な視点からまとめてみましょう。
1.ユニークなブランドが一貫性の軸になる
IMCの基本原則について、「メッセージの一貫性」については幾度となくお話してきました。この一貫性を束ねる概念が、ブランドと言っていいでしょう。そしてそのブランドはアイデンティティと呼ばれる個性を持っており、商品やサービスに限らず、組織、人、シンボルの4側面から見た特徴を持っています。これら全ての複合でブランド全体の個性は形成されます。そして、全特徴を束ねる最大公約数がコア・アイデンティティであり、これを更に凝縮して、ブランドが将来に渡って約束する提供価値を宣言するシンプルな文章が、ブランド・エッセンスです。

IMCにおいて伝達されるメッセージは、全てブランド・エッセンスに基づいていなければなりません。表現のトーン アンド マナーはコア・アイデンティティに基づきます。ここまでは原則として不変の個性を表します。
一方、人間がそうであるように、個性は時代とともに変化していきます。正確に言うと、外界の影響を受けながら振る舞いが変化し、少しずつ大元の個性が調整されていきます。この、時代とともに変化する振る舞いがエクステンデッド(拡張)・アイデンティティです。いわゆるタグラインは、ブランド・エッセンスを分かりやすく代弁するコピーライティングですが、エクステンデッド・アイデンティティを適宜反映させて、時代やキャンペーンごとに変化していきます。
例えば、前回のブログで紹介したコカ・コーラのブランド・エッセンスは、
”Coke brings joy”(「コークは喜びをもたらす」)
ですが、タグラインは時代とともに変化していき、その130年の歴史の中で実に46回変更しています。私が最も記憶に残るフレーズは1982年の”Coke is it!”ですが、2016年から現在に至るまで”Taste the Feeling”が採択されています。タグラインが変化しても、コカ・コーラのブランドの個性は「喜びをもたらす」ことであり、そのコア・アイデンティティにはReflesh, Youth(若さ), Happiness, そして象徴カラーであるRedなどが常に含まれる一方、競合(ペプシ)を意識して”Coke is it!”(1982)(※1)やReal、さらにはCoca-Colaそのものを前に出して本物感をアピールしたり、アメリカを元気づける”Look Up America”(1972)(※2)など、時代に合わせて個性を「拡張」させることによって振る舞いを変化させています。
参考:AdaAge(2016), 130 YEARS OF COKE TAGLINES
(※1)1981年、Pepsi Challengeという大規模な比較広告キャンペーン(両ブランドを目隠しで消費者に試飲してもらい、美味しい方を宣言してもらう)によってシェアを落としたコカ・コーラは、1985年にレシピ変更するなどしてオールドファンの離脱を招き、オリジナリティアピールによる差別化でしばらく頑張っていた。
(※2)冷戦とベトナム戦争ど真ん中、かつウォーターゲート事件でニクソン大統領が米国史上初の大統領弾劾・更迭となり、アメリカ人がアメリカを愛せなくなっていた時代。
事実上、全てのマーケティング施策はタグライン≒キャンペーン・スローガンを一貫性の軸として厳守し、これに基づいた厳密なガイドラインによって履行されます。そして、そのタグラインは、時代とともに変化しつつも、ブランド・エッセンスという不変の守るべき約束に基づいています。すなわち、ブランド・アイデンティティの設定は、マーケティングの原則にして必須と言えるでしょう。中でも、複数メディアを同時並行させ、多様なチームで動くIMCでは、その重要性が極めて強くなるのです。
2.知覚価値とは顧客主義から生まれる
IMCのもう一つの原則である「顧客主義」は、乱暴に言えば「知覚価値を常に認識しつづける」ための原則です。
ブランドの個性そのものは、「こうありたい」という、あくまで主観的なものであり、消費者に知覚され、市場に受け入れられることで始めて価値となります。これが「知覚価値」です。
バリュー・プロポジションの設定は、ブランド提供側の主観的な思いを、消費者の目で客観的に見つめ直していく作業です。前回のブログで紹介したAppleのLisaは、提供側の思いと消費者側の評価に大きなズレが生じたための失敗であり、これを修正した初代Macintoshは成功を得ることができました。
ただし、この初代Macは商業的には数年で失墜するわけですが、その大きな要因はWindows互換機の登場によって、知覚価値の基準が変わってしまったことです。

初代MacはLisaの機能をほぼそのままに、価格を4分の1に下げ、ビジネス用のサードーパーティ・ソフトも発表し、バリュー・プロポジション上に見られる弱みを消すと同時に、伝説のCM「1984」で、時代背景を見事に利用した強力な個性を主張し、大成功を収めます。一方、1985年に販売開始されたWindows 1.0によってGUIマウス操作、コマンド不要という提供価値から「世界唯一」が消え、IBM PCおよび互換機の普及と同機種用ソフトウェアの圧倒的充実と本体の低価格化によって、コストパフォーマンスとユーティリティが明確な弱点となり、ジョブスというカリスマの離脱によって数少ない提供価値の信憑性が消えてしまいます。結局、この低迷期のMacintoshに残ったのは「モノとしての美しさ」と「精密な描画機能」のみになってしまいました。結果、Macintoshは当初目指していたビジネスPCのシェアをとることはできず、デザイン・DTP業界などのカテゴリキラーとしてなんとか生き残る10年を余儀なくされます。
この様に、知覚価値は市場の状況によって変わります。競合の動きや世相によって、消費者が感じる価値は変化し続けます。すなわち、バリュー・プロポジションの構成は不変ではなく、常に変化し続けるのです。
IMCにおける顧客主義は、知覚価値主義とも言えます。この知覚価値を客観的に理解・把握して、ブランドの「思い」と市場の「評価」のギャップを確認するためにバリュー・プロポジションは極めて重要な意味を持つのです。
3.バリュー・プロポジション・ステートメントとブランド・エッセンス
さて、バリュー・プロポジション・ビルダーの図の中心に、Value Proposition Statementという項目があります。直訳すると「価値命題の宣言」なわけですが、これは、バリュー・プロポジションをとりまく6つの要素(市場、体験価値、価値提供など)を総合した、「一つの声明文を作る」というものです。すなわち、ブランドが提供する知覚価値はこの一文によって全て表現されなければなりません。

さて、今をときめくグルメ・バーガー、Shake Shackは、
“Stand For Something Good” (何かいいことを体現する)
をバリュー・プロポジション・ステイトメントとして掲げています。その下に、いろいろ文章が書いてありますね。
“We Stand For Something Good in everything we do. That Means carefully sourced premium ingredients from like-minded purveyors we admire and love; thoughtful, well crafted and responsible design for its place; and deep community support through donations, events and volunteering. Thanks for standing with us!”
「私たちはすべての行為を通して『何かいいこと』を体現します。つまり、私達が尊敬し、愛してやまない、同じ志を持った生産者からの厳選素材によるプレミアムな原料。思いやりをもって丹念に作り込まれ、しっかりとデザインされた提供環境。そして、基金やイベント、ボランティアを通じた濃密な社会支援です。私達を応援してくれてありがとう!」
ちょっと冗長ですが(笑)、要約すれば「厳選素材による最高の食材品質」と「かっこいい店舗やプロダクトデザイン」、そして「社会への還元」ですね。これを消費者視点で置き換えれば、「美味しいものを心地よい空間で味わう事ができて、その消費は社会に役立つために還元される」となります。この、知覚価値を説明する一連の文章を「何かいいこと」に圧縮して、約束として宣言したもの、すなわち “We Stand For Something Good” が価値声明 = バリュー・プロポジション・ステイトメントです。
お気づきかと思いますが、これはブランド・エッセンスと非常にニュアンスが近いものです。ていうか、同じと言っていいでしょう。
つまり、
ブランド・エッセンス = バリュー・プロポジション・ステイトメント
であることが理想的です。

ブランドの思いや主観的約束から出発するブランド・アイデンティティは、価値交換相手である市場の視点からの客観的評価を取り入れることで、バリュー・プロポジションとなります。結果的にそれぞれを凝縮表現するブランド・エッセンスとバリュー・プロポジション・ステイトメントは一致することになります。
ただ、先述のように知覚価値は適用される市場や時代とともに変化します。例えば、現在のアメリカ社会における「社会還元」は、「儲けた分だけ寄付をする」というニュアンスが強く、市民からの強迫観念といえるくらいです。これが日本だと「寄付よりむしろ価格を下げる」ことで「社会還元」とすることが多いでしょう。ですので、「何かいいことを体現する」という軸は不変であっても、バリュー・プロポジションの構成要素は適宜変化するので、ブランドの振る舞いを調整して市場や時代にフィットさせる必要があります。この微調整をエクステンデッド(拡張)・アイデンティティで補い、これにともなってキャンペーン・スローガンやタグラインが変化するわけですが、根源的約束であるブランド・エッセンスは原則変わらず、バリュー・プロポジション・ステイトメントに代入可能であるべきなのです。逆説的に言えば、ブランド・エッセンスをバリュー・プロポジションの真ん中に据えて違和感がある場合、そのブランドはターゲット市場で価値を提供できない=アイデンティティの再考もしくは終焉のタイミングが来ているということです。
4.ブランド・ラダー:思いを知覚価値に変える
さて、ここまでお話してきたブランド・アイデンティティとバリュー・プロポジション。基本的にはIMCに必須であるメッセージの一貫性を担保して、かつ市場が求める知覚価値とフィットさせるための作業であることはお分かりできたかと思います。一方で、一番難しいのが、「ブランドの思いを知覚価値に変える」作業です。
ブランド・アイデンティティは、様々な価値定義要素を総合させたものです。他方のバリュー・プロポジションは、市場の知覚価値を総合させたものです。そして、両者が一致することで、そのブランドの個性は市場に受け入れられるものとなり、価値を生み出し、企業にとっての無形資産=ブランド・エクイティになっていきます。しかし、消費者はその全ての要素をいちいち読んで理解してくれるわけではないし、意識さえしていません。こういった、無機質な構成要素を伝わりやすいものに凝縮して、一言で言い表せるようにしたものが、ブランド・エッセンスであり、バリュー・プロポジション・ステイトメントです。ここで問題になるのが「知覚価値をわかりやすく表現することとは何か?」です。
一言で言うと、ブランド・アイデンティティにしろバリュー・プロポジションにしろ、定義や条件の集合体なので、機能や価格、特徴などの羅列に過ぎません。消費者は、ブランド側が伝えたい全ての機能がほしいわけではなく、その機能群によって提供される課題解決と、それによって得られる満足が欲しいのです。知覚価値の正体はまさにこれです。
例えば、ナイキのランニングシューズが世界最軽量を達成したとします。これは強力な個性ですが、軽いことそのものは知覚価値を生み出していません。消費者は、より軽いシューズによって得られる課題解決、例えば、膝に負担がかからず、同じ走力でより長く走れ、それによって自分のジョギングライフが充実することを知覚し、ここに価値を見出すのです。
つまり、ブランドがもつ特徴や機能を、課題解決の物語に転換することではじめて、ブランドの個性は、市場に受け入れられる価値、すなわち「知覚価値」として機能します。
この転換作業でよく使われるフレームワークが、ブランド・ラダーと言われるものです。この考え方は、あのコトラー教授とケラー教授によって1980年代に生み出された方法で、今でも形を変えながら幅広く使われています。

上記の図は、最近流行りのニットスニーカーのブランド価値を、ブランド・ラダーによって分解したものです。ブランド・ラダーは一番下の機能や特徴から作り始めて、最終的に一番上の感情的便益まで上がっていくことで、ブランドの機能特徴を知覚価値まで、一段ずつ転換させていきます。
一番下のFeature and Attributeは機能や特徴を表します。最新技術によって得られる素材のスペックだったり、オペレーションの改善によって得られるサービスのスペックだったりします。ニットスニーカーはアッパーソールをマイクロファイバーで編み上げる技術を確立したことによって、接着剤を使わずにスニーカーを生成できている、という特徴を持っています。消費者は、これを聞いただけでは「それで、どういいの?」としか返せません。つまり、この段階で知覚価値は生まれていません。
二段目のProduct Benefitは、その技術や特徴によって生まれた商品が顧客に提供できる具体的な便益です。このスニーカーの場合、フィット感とパワー伝達能力、そして圧倒的な軽量化です。ここまできてようやく「軽いなら、走るのに楽だな」と消費者も想像がつきます。ここでブランド・アイデンティティの定義をやめてしまうケースを多く見かけますが、ここからもう一段、顧客視点に踏み込むことで知覚価値に転換していきます。「軽い」だけでなく「フィット感」「パワー伝達効率」を総合することで何が顧客にとって便益なのかを考えます。
それが三段目のCustomer Functional Benefitです。多くの場合、機能便益とされ、Customer(顧客)を省略しますが、ここでは敢えて「顧客」を明示しています。というのはここから視点を顧客に変えて考える必要があるからです。軽くてフィット感があり、パワー伝達効率が高いシューズによって、このスニーカーの「ユーザーは」なにを便益として得ることができるのか、を考えます。高いフィット感は足と靴の間に生じる隙間をなくすことで、高いパワー伝達を生みます。パワー伝達が効率的であれば、より小さな力でパワーを路面に伝えることができます。もちろん軽さは、直接的に筋肉の負荷を軽減します。これらの組み合わせによって、顧客が知覚する機能価値は、「同じ力でより遠く、より早く走ることができる」となります。
最後のEmotional Benefitは感情的便益や情緒的便益と呼ばれます。機能便益によって実現された課題解決体験によって、顧客はどんな気持ちになることができ、満足感を得られるかを考えます。より早く、より遠くへ走れる、ということは、同じ能力でも競走成績が向上することを意味します。端的にいうと、タイムが上がります。昨日よりもタイムが上がれば、誰でも気分がいいものです。また一つ自分自身の記録を更新するということは、達成欲を満たし、人間をポジティブな気持ちにさせ、さらなる挑戦意欲を掻き立てます。「達成感」と「充実感」。これが顧客の知覚価値であり、ブランドが提供すべき価値であるといえます。
ここまでくるとお分かりかと思いますが、知覚価値は顧客の「思い」です。先述のように、ブランドの個性も「思い」から始まっています。この2つの思いが一致することで、価値交換が成立します。ブランド・アイデンティティの定義も、バリュー・プロポジションの導出もこの「思い」を客観的に分解する作業ですが、最終的には2つの「思い」を一致させるために行われる作業なのです。
最高の品質によって構成された個性、すなわち「ブランドの思い」だけでは 「顧客の思い」を満たすことは出来ません。それぞれの「思い」を、あえて無機質な項目に落とし込み、再構築することで「思いの一致」を探るのがブランディングの根本といえるでしょう。我々は何者か?を客観的に見るためのブランド・アイデンティティ構築です。その特徴が導く知覚価値は何なのかを見出すためのプロセスがブランド・ラダー。そして、ここで得られた仮説がブランド・エッセンスとなり、そのエッセンスが市場に当てはまるのかを確認する作業がバリュー・プロポジションであるといえるでしょう。
そして、これらの作業はIMCを実践するための最重要事項であり、常に省みるべき道標を創り出すことなのです。

ストラテジック・フェロー 金澤 一央(記事一覧)
・I-COM Data Creativity Awards 審査員
・ニューヨーク大学大学院、School of Professional Study, M.S. Integrated Marketing在籍中
・主な講演・セミナー・寄稿等:日本経済新聞社、JADMA、インプレス、ビジネスブレークスルー大学など